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卒業特集2009


(28)野球部/山川陽祐
背番号10の重み

昨年11月1日、慶大2回戦に敗れ2009年の早大野球部の戦いは終わった。リーグ戦序盤は順調に勝ち星を挙げⅤロードをひた走っていたが、法大、慶大に連敗しまさかの4位。11季ぶりにBクラスに転落してしまった。その最大の敗因は、4年生が力を発揮できなかったこと。それは第99代主将として野球部を引っ張ってきた山川陽祐(社)にもいえることだった。

 主将として臨んだラストシーズンは、山田敏貴(社3)や土生翔平(スポ2)の台頭でレギュラーポジションを勝ち取ることができず、ベンチから戦況を見つめることが多かった。だが、最後に一花咲かせて散った。昨秋の慶大2回戦、劣勢の中で藤原誠人(政経)や大前佑輔(社)といった4年生が安打を放ち塁上で喜びを爆発させていた。そして9回2死、満を持して山川が打席に向かう。フルカウントからファールで粘るたびに歓声が上がる。そして迎えた10球目、主将としての最初で最後の安打が三遊間を抜けた瞬間、神宮球場がこの日一番の大歓声に包まれた。一塁へ向かいながら山川は、力強くベンチへ右拳を突き出した。チームは優勝を逃してしまったが、山川個人そして苦労を共にしてきた4年生にとっては、早慶戦前の取材で色紙に記した『Happy End』を迎えることができた。

 入学時から山川の打撃には期待が寄せられていた。1年春から主に代打として起用され、大学初打席で初安打を放った。1年秋の慶大1回戦では「3番・右翼」でスタメン出場。その後も『左キラー』としてチームの勝利に貢献してきた。そして最終学年となり、チーム一の真面目さと人望で、主将に就任。だが、「背番号10の重さに負けた」と語る通り、思い通りのプレーをすることはできなかった。主将としてプレーで引っ張ることができない自分に「ふがいなさ」を感じていた。秋季リーグが始まっても最上級生としての在るべき姿をひたすら模索し続けた。そんな山川の姿勢は次第に4年生全体に浸透し、自分たちが試合に出ていない分、「下級生が神宮でいいプレーができるようにサポートしよう」と一丸となっていった。

 常に勝利を求められる早大野球部において必要なこと――。それは試合に出られない選手たちの献身的な姿勢だ。それを自ら率先して選手全員に示した山川。それでも、天皇杯を手にすることはできなかった。山川の無念は、斎藤佑樹主将(教3)率いる新チームの大きな財産となる。 (記事 大賀慎也、カメラ 地原星太郎)

    

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