卒業特集2009
(25)ア式蹴球部/松本怜
輝きは色あせず
松本怜(スポ)にボールが渡ると、観客の声援がひと際大きくなる―――。松本とは、そんな選手だ。
得意のスピードを活かしたドリブルでサイドをえぐり、ある時は味方へ絶好のパスを供給し、そしてある時は自らがゴールを狙っていく。『ワセダのスピードスター』の異名を持つ松本が生み出す『違い』に、いつしか観客は胸を躍らせる。松本の特徴と言えば、自身も絶対的な自信を持っているスピードであるが、特筆すべきはそれ以外にも見受けられる。サイドからのセンタリング、ドリブルで中に切り込んでからのシュート・・・。全てのプレーを高いレベルでこなすその技術力があってこそ、松本のスピードが生きてくるのだ。
松本が最も脚光を浴びたのは、大学2年時の全日本大学選手権だ。名門青森山田高からワセダに進学した松本は、1年時からその実力を遺憾なく発揮していたが、見事インカレ優勝に輝いたこの年に、松本はベストMF賞を受賞。まさに大学サッカーの最高峰に登りつめたのであった。
だが、ここから松本を悩ませたのは、ケガとの戦い。3年時はケガの影響から満足のいく結果を残すことが出来ず、チームも前年のインカレ優勝から一転、残留争いを演じることとなってしまう。4年時には松本のチームメイトである中川裕平前主将(スポ)がユニバーシアード代表に選ばれる一方で、ケガの影響から、松本はプレーすることもままならない状況が続いていた。焦りを募らせ、完治せず試合に出場し再び負傷してしまうこともあった。
しかし、ひとたび試合に出場すると松本のプレーは大学サッカーのレベルをはるかに上回っており、複数のJクラブから声が掛かった。そして新天地に選んだのが横浜Fマリノス。ワセダからは3年連続の入団であり、横浜F・マリノスにとっては唯一の新人ということとなった。
松本自身、「大学に行って本当によかった。人間性を高めるという部分ですごく成長出来たし、すごくいい経験が出来た。」と語る。早稲田大学ア式蹴球部でインカレ優勝、残留争い、そしてケガとの戦いと酸いも甘いも噛み分けた松本が、Jのピッチで全国の観客を湧かす活躍を見せることができるのだろうか。松本の進化のスピードに、制限など存在しない。 (記事 田端亮介、カメラ 菊池瑞) 

松本
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