卒業特集2009
(20)ラクロス部/栗原俊也
高みを目指して
日本一。日本代表。それはスポーツに励む人であれば、誰でも夢見るもの。口では簡単に言えることだろう。だが、その夢を掲げた大半の人は、成し遂げることができずに散っていくという残酷な現実がある。そんな中、4年間ずっと変わりなくこの目標に向かって全力で駆け抜けてきた男がいる。早大ラクロス部主将、栗原俊也(理工)だ。

「ただやるだけじゃなく、活躍して結果を出したいと思っていた」。そんな中で出会ったのが、日本代表選手も輩出しているラクロス部だった。高校時代はラグビー部で、ラクロスに関しては全てが真っ白な状態からのスタートだった。しかし、もうこのときから栗原の頭の片隅には常に日本代表の文字がちらついていた。この目標が後押しとなって、1年時には学年リーダーとなり、冬には新人戦でチームを優勝に導く。2年時には新たにAチームに入ったものの、先輩たちとの実力の差に失望し苦しみ、辞めようかとまで思ったこともあったそうだ。ここで何とか踏みとどまったのも、日本代表という確かな夢があったからだった。
4年生になると、コーチから主将に選出されると同時に、U22日本代表に選ばれる。「U22ということは、まだ目標の半分でしかない」という自分に対する厳しい言葉の一方での、「嬉しい」気持ちはやはり大きかったようだ。ラクロスという道を選んだ自分が正しかったことを、身を持って証明したのだ。更には、その日本代表でもキャプテンを務めることとなる。その経験ができたのも早大のコーチやチームの仲間の理解があったから、環境に恵まれていたから、と当時を振り返る。日本代表と早大、どちらも経験して初めて分かるモチベーションの違い、フィジカルの差。こうした世界の壁の厚さを経験した栗原だからこそ、個人的にもチーム全体にも、多くの収穫を早大にバックすることができた。そして、その経験の中から得た栗原にとっての主将のあるべき姿。それは、多くを語らず、プレーによってメッセージを仲間に伝えていくことだった。
栗原にとって、ラクロスとは「人生の中でいちばん自分に自信を持たせてくれたもの」。辛いことも嬉しいことも、全てラクロスと一緒だった。「ラクロスをやってきてよかった」。最後に口からこぼれたこの言葉に偽りはないだろう。そして部を引退したいまなお、フル代表として2010年のワールドカップでプレーするという完全なる目標を目指し、栗原はラクロス人生を必死に突き進んでいる。夢を全力で追い続ける栗原の姿はこの先も輝きを放ち続けるだろう。いつか、本物の夢を掴み取るその日まで――。 (記事 柴崎望美、カメラ 戸張遥)
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