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卒業特集2009


(7)女子ホッケー/寺田真衣子
GKとして、そして主将として
 寺田真衣子(スポ)はいつも、フィールドの一番端――ゴール前から、フィールド上のどの選手よりも大きな声を出す。それはチームへの鼓舞であり、時には怒声でもあった。だが常に根底にあったのは、主将として一番大事に考えていたという「コミュニケーションをとる」こと。そして、DFの最後尾としてフィールドプレイヤーと共に戦っている、という気持ちの表れでもあった。

 氷上で行うアイス『ホッケー』とは違う、人工芝の上で行う『ホッケー』がある。『フィールドホッケー』は、時に時速140キロにもなるプラスチックの白球をスティックで操る、サッカーに似たスポーツだ。そんなマイナースポーツで、寺田はGKとして10年間戦い続けてきた。羽衣学園中・高(大阪)、U-18日本代表と、これまでずっと最高学年ではキャプテンを務める。高校3年時には、西日本大会春季・秋季、インターハイ、選抜と4大会すべてで優勝。インターハイと選抜では優秀選手にも選ばれた。そんなホッケーエリートの寺田が早大女子ホッケー部の主将になることは、おそらく必然のことだったに違いない。

 しかし、早大に入学した当初はなかなか結果が出せずに苦しむこととなる。強豪校で常に中心として戦ってきた寺田にとって、勝てないことや大量得点されることが大きなフラストレーションとなって溜まっていく。ホームシックになり、試合後に慶應日吉キャンパスから新横浜へ行き、新幹線でそのまま大阪へ帰ったことさえあった。2年時には、もともとの選手不足に加えけが人が続出。スタメンが1人足りない状態で試合に臨むことさえあった。だからこそ、4年になって、1年生が6人も入部し部員が過去最大になったことが大きな喜びだった。そしてこのメンバーで、東日本選手権に優勝して創部初タイトルを獲得したことが何よりうれしかった。

 シーズン最後の公式試合である秋季関東リーグ最終戦を終え、「もっとチームの実力を発揮できるように持っていけたんじゃないかな、って反省だったり後悔の気持ちもあります」と、主将としての悔しさをにじませた寺田。しかし、早大女子ホッケー部の歴史はまだ13年と浅く、初タイトルはまだまだ序章にすぎない。女子部のさらなる飛躍を願いながら、寺田は10年間共に戦い続けてきたGKのマスクを脱ぐ。 (記事・カメラ 高森静香) 

    

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