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卒業特集2009


(6)競走部/尾崎貴宏
走ることが好きだから
『全員駅伝』。このスローガンのもと、2009年度の早大競走部駅伝部門を主将として引っ張ってきたのが、尾﨑貴宏(教)だ。絶対的エース竹澤健介(平21スポ卒=現エスビー食品)が抜けた今季、一人一人の実力アップが必須条件となったチームを、尾﨑は暖かな人間性と堅実な走りとで引っ張った。「厳しいことを言うだけが主将ではない。ある程度の厳しさは必要だが、各々にある程度考える幅を持たせてその意思を尊重したい」。そのキャプテンシーを自身で掲げ、常にチーム全体を見渡し気を配り、悩みを抱える選手にはさりげなく声を掛けた。『全員』をプレイとメンタルの双方から支えた主将・尾﨑。チームメイト、特に後輩からの厚い信頼を集め、皆から愛されたキャプテンだった。

 とにかく走ることが大好きだった。愛されキャプテン尾﨑は、主将である以前に一ランナーなのだ。陸上にほぼすべてをつぎ込んだ大学生活。しかし、尾﨑はほかの何かを犠牲にしたとは捉えていない。「走って結果を出すこと、箱根を走ることが大学に入ったときに一番やりたいことだった」。「走りたい」「結果を出したい」、その一途な思いが、4年間、尾﨑の足をフィールドに向かわせた。必ずしも結果と過程とが結びつくわけではないスポーツの世界で、それでもその競技を続けることの第一義を、尾﨑は体現していた。

 しかしそんな尾﨑の4年間は、決して平坦な道のりではなかった。1年時の夏合宿で早くも頭角を現し、監督や先輩から注目を集める。その期待のもと箱根駅伝の予選会では早大8位、総合23位の結果を残すも、箱根駅伝当日は体調不良により欠場。その悔しさが尾﨑の心に火をつけた。以後も幾度となく故障や体調不良に苦しめられながらも、出雲、全日本駅伝などの大舞台で結果を残し、勝負強さを証明する。その大崩れしない『安定感』は、いつしか尾﨑を表す代名詞となった。2年時の初の箱根駅伝では1区を任され、区間3位の快走。3年時には強豪ひしめく華の2区で区間7位と力を発揮。しかし、主将という立場で出場した最後の箱根駅伝は2区区間12位という悔いの残る結果に終わった。

 3度の箱根駅伝を経て、「結果を出すことの難しさを知った」尾﨑。当日のコンディションや周りのペースなどにより、自身の走りが良くも悪くも変動するという、「結果の不明確さ」を学んだ。幸い、学んだことを生かす場が尾﨑には与えられている。来季から富士通に進み、箱根で同じ2区を走ったダニエル(日大)らと同じチームとなるのだ。新たな環境での再スタートに向け、尾﨑の胸は早くも高まる。ことしの箱根の失敗を糧に、さらにレベルの高いところで己に磨きをかけるだろう。「走ることが好きだ」。その思いを胸に、尾﨑はこれからも走り続ける。(記事 片貝早輝子、カメラ 堀彩香) 

尾崎
    

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