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卒業特集2009


(1)野球部/小島宏輝
『輝』く姿を

 昨秋の慶大2回戦、9回2死。代打の市丸大介(教2)が遊ゴロに倒れ、次打者の小島宏輝(社)に5度目の打席は回ってこなかった。この瞬間、『ワセダ唯一の4年生レギュラー』の大学野球が幕を閉じた――。

 昨年の春季リーグ戦の開幕週、東大戦で小島は打ちまくる。2試合で6安打7打点。それまで主に守備と走塁で存在感を見せていた男が、打撃でも頭角を現し、順調なスタートを切った。しかし、そこが昨年のピークだった。その後は5試合連続で無安打と暗雲。核弾頭の勢いが落ちるにつれてチームも失速し、最上級生として迎えた一年は、結局優勝とは縁がなかった。小島自身は、春季の打撃成績でリーグ4位に入り、ベストナインにも選出されたが、「後味悪いシーズン」、「優勝につながってないんじゃ意味がない」と手厳しく振り返る。最も大事な4年目で、春秋ともに頂点に立つことができなかった屈辱は相当なものであった。

 春のセンバツで全国制覇を成し遂げ、鳴り物入りで入学したのは2006年の春。50メートル走5秒8、遠投120メートルと恵まれた身体能力に加え、ミート力に優れた打撃も兼ね備え、愛工大名電高出身ということもあり、母校の先輩・イチロー(MLBマリナーズ)のプレースタイルをほうふつとさせた。その後も野球エリートとして順調に成長。2年秋の慶大3回戦では当時の慶大のエース加藤幹典(現プロ野球東京ヤクルト)から本塁打も放った。3年春からはレギュラーに抜擢され、「1番・中堅」を定位置に自らの持ち味を発揮し活躍した。「とにかく塁に出ること。当たってもいいので、何でもいいので出ること。1番打者なので初回の1打席目になんとしても塁に出ることをいつも意識している」。最後の早慶戦を前に、小島は1番打者へのこだわりをこう吐露していた。

 前述したように、昨年度の4年生のうち、レギュラーを死守したまま自らの大学野球人生を終えることができたのは小島ただ一人だった。同級生のほとんどは裏方に徹し、観客席から声援を送る。彼らの姿を見て、小島は絶えず刺激を受けていた。「絶対に自分だけは何がなんでもグラウンドにいなきゃいけない。4年の意地を見せる」。勝利への、そしてレギュラーへの執念がついえることはなかった。「(優勝へのキーマンは)小島じゃないですかね、それは。4年生で一人野手で出てるんで。小島が頑張ってくれたら、その周りにいる後輩らも勢いづくんじゃないかなって」。松下健太(スポ)は小島をこう評価していた。刺激を受けていたのは小島だけではない。神宮を躍動するその姿を見て、奮い立った選手は少なくないはずだ。 

 『三冠王』。入学時、大学での目標を尋ねると小島は色紙にこう書いてくれた。残念ながらその夢が達成されることはなかったが、高い志を胸に真摯に野球に取り組み、仲間を気遣うその姿勢は、今後も後輩に受け継がれていく。卒業後は、第97代主将・田中幸長(平20スポ卒)らも在籍する地元・愛知のトヨタ自動車に進む。社会人野球へと舞台は移るが、プロ入りのためには打撃力アップが不可欠だ。走攻守にダイナミックなプレーを取り戻すことを期待したい。そしていつしか、目標としていた三冠王を獲得し、プロ野球の世界で『輝』く小島の姿を、この目で見てみたい。 (記事 河野祐樹、カメラ 辻佳亮)
    

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