1月8日〜11日に行われた第17回JOCジュニア・オリンピック・カップ・フェンシング大会。早大では女子エペで太田紗佑里(政経1)が優勝、田村須美礼(スポ1)が準優勝、女子フルーレで佐々木優(スポ1)が3位に輝いた。これにより日本ジュニア代表が決定。早大からは3選手に加え、萩原宏樹(スポ2)と平石典子(教1)の計5人が代表として3月10日〜14日にフィリピンで開催されるジュニアアジア選手権に出場、さらに前述した3選手は4月5日〜10日にアゼルバイジャンで開催される世界ジュニア選手権に出場する。ナショナルチームとの強化合宿を終え、アジア・世界に向けて今思うことを、JOCでの活躍が光った一年生3選手に語っていただいた。
※この取材は2月18日に行ったものです
――まず、JOCの大会の位置付けを教えてください
佐々木 まず年齢のカテゴリーがあるんですけど、JOCというのはジュニアとカデというカテゴリーがあって、自分たちが出たジュニアの部門は、高校2年生から大学2年生の二十歳未満が出場するものでした。これは海外の年齢基準に合わせたもので、海外の大会に出るための国内で一番大きい選考会がJOCでした。
太田 ジュニア部門の世界選手権とアジア選手権の、日本予選のような位置付けですね。
――今までジュニアの代表としてアジア選手権などに出たことはあったのですか
佐々木 私はカデのときに一回出ました。
太田 私は今回が代表に選ばれたのは初めてです。
田村 私はカデのときから選考会には出ていて、代表に選ばれたのはカデの最後の年です。
――太田選手は代表に選ばれたのは今回が初めてということですが、今までJOCの大会に出場したのは何回くらいですか
太田 カデのときに一度出ました。そのときは田村に負けて、代表に選ばれなかったんですよ(笑)。
田村 ごめんなさい。
一同 笑
太田 あとはジュニアで一回だけ高校2年生のときに出場させてもらったんですけど、そのときは全然話にならないところで負けてしまいました。で、今回が3回目で最後ということで出場しました。
――去年は出場することなく、今年3度目の出場にして初優勝を飾ったわけですが、調子はかなりよかったのですか
太田 私はあまり調子の上下がないので、いつも通りという感じだったんですけど、気持ち的には一番思い入れの強い大会だったので、緊張もしていたし、楽しみという気持ちも強かったと思います。
――予選は36位通過でしたが、トーナメントは準決勝の1点差以外はずっと圧勝でしたね
太田 得点のことは無我夢中で覚えていないんですけど、2回戦であたった笠井さん(立命館大)が去年代表に選ばれていて強豪だったので、そこが山でした。本当にビビって試合をしていたんですけど、後ろからずっとついていてくれたり、高校のときの先生がアドバイスをくれていたりしたので、落ち着いて試合をすることが出来たんじゃないかと思っています。
――優勝出来るという予想や自信は持っていたのですか
太田 優勝は正直言って無理だと思っていたんですけど、でもどうしても代表になりたいという気持ちがあったので、もうトーナメントにはいってからは一試合一試合勝っていこうという思いでいて、気がついたら優勝していたという感じですね。
――決勝では田村選手との一騎討ちになりましたが、お互いの心情はどういうものだったのですか
太田 決勝は嬉しかったね。
田村 うん嬉しかった。
太田 トーナメントの山が逆山で、しかもそれが奇跡的だったんですよ。予選の3位上がりと4位上がりが笠井さんと田村で同率で、突き数も突かれた数も一緒だったんですよ。それで抽選で、3位に田村が入って、4位に笠井さんが入ってくれて。もしそれが逆だったら、トーナメント2回戦でもう田村とあたっていたことになったので、とりあえず逆山でよかったねと話していました。それでトーナメントの試合中はお互い離れたところでやっていたので、順調に勝ったよというのがちょいちょい聞こえてくるくらいで、自分の試合に集中していたので、決勝でやれるとわかったときには本当に嬉しかったです。
――結果的には決勝戦は13―10というポイントですが、試合の流れはどういうものだったのですか
太田 ずっとシーソーゲームで、途中すみれの方が2点くらいリードしたかな?
田村 最初に私がリードして、さゆりが追いついて。
太田 そうそう。そこからは突いて突かれての攻防で。あとはルーブルという同時突きで二人とも1点ずつポイントが入るのもあって、本当にシーソーゲームでした。3点差離れたのは本当に最後の数十秒で。
田村 30秒もなかったよね。
太田 追いつかなきゃというのですみれが出てきたところを、守って取ったという形だったので。
――それではどっちが勝ってもおかしくなかったのですね
太田 おかしくなかったです。
――お互いの癖がよくわかっていると思うんですけど、それでやりずらさはないんですか
太田 練習ではすみれの方がずっと勝率が良かったんですけど、まあ決勝にいった時点で1位でも2位でも代表に選ばれるとは思っていたので、力を抜いていつも通り試合をしただけですね。
――田村選手はフルーレでもベスト8決めの試合で佐々木選手と対戦しましたが
田村 そうなんですよ(笑)。
佐々木 仲が良くてね。いつも同じ組み合わせになるんだよね。
一同 笑
――しかも1点差だったんですよね。これはどういう試合だったんですか
佐々木 最初はすみれがリードしていて。
田村 (笑)
佐々木 そのときはまだベスト8前だったので、10本勝負で2セットしかなかったんですけど、最初1セット目は自分がアタックにいって攻めたんですけど、その日すみれの守りがものすごい良くて。
田村 珍しくね(笑)。
佐々木 それでリードされていたんですけど、2セット目は3分しかないけどちょっと戦い方を変えなきゃと思ってちょっと動き出して。
田村 2セット目の最後、アタックに来て、私の足が止まって突かれて、それで時間切れになって延長1分にもつれ込んだんです。
太田 追いついたのは最後の最後だったよね。最初は3点差くらいあったっけ?
佐々木 最初4―1くらいだったんだよね。ポンポンポンて取られて。
――田村選手はエペとフルーレの両方に出ているということですが、それは難しいことではないのですか
田村 エペは12月の全日本選手権で調子がすごく悪かったせいもあったりして、どうなんだろうと不安になったときもありました。ずっとフルーレもやってきたので、フルーレでいけたらいいなと思って、今回はフルーレに力を入れてきました。でも今回初日にエペがあるということで、まずエペを頑張って、もし代表になれたらその次の日のフルーレも気持ち的に楽に戦えるかなという思いもありました。エペはそんなに力を入れることなく挑めた部分があったので、逆にそれが準優勝という結果に結びついたのかなと思います。最初、さゆりと逆山になった時点ですごくホッとして、もしあたることが出来たら決勝なので、途中苦しい試合もあったんですけど、決勝であたれたらいいなと思いながらやっていました。決勝の組み合わせが決まったときに、「あーよかった!」と思ってすごく嬉しかったのはよく覚えています。
太田 私はトーナメントのあたりが出たときに2回戦で笠井さんとあたるとわかったので、「もう終わった」と思っていたら、脇ですみれがすごい嬉しそうに「よかった〜!逆山だね!」みたいな感じで言っていて、「いや待て。良くないから。」と思いました(笑)。
田村 「決勝で会おうね」って言っちゃうと変に意識してしまうので、あえて「逆山だね!」って(笑)。
太田 でも笠井さんに勝ったあとは、一つ山越えたと思って楽な気持ちで試合が出来ました。田村が私が苦手なタイプの人とバンバン対戦してやっつけてきてくれたので、そういう意味ではラッキーだったのかなとも思います。

[P:68]左から大田、佐々木、田村
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