インタビュー
【第5回】渡部暁斗/ノルディック複合
最終回は渡部暁斗。学生としてインカレ優勝するだけでなく、前回の世界選手権では日本代表としてノルディック複合日本チームを金メダル獲得へ導いた影の立役者でもある。バンクーバー五輪でも期待のかかる若き精鋭に、ジャンプを始めたきっかけから五輪への意気込みまで取材した。
きっかけは長野五輪
―スキーを始めたきっかけは
渡部 白馬村に生まれたということですかね。小さいころから冬になったらスキーに乗るという環境が身近にありました。スキーは遊びなんです。楽しいなって思えるからスキーをしていました。でも、ジャンプを跳ぼうなんてそのころは思いもしませんでしたね。当時はアルペン競技をしていました。
―白馬村で生まれたことがスキーを始めるきっかけとなったようですが、1998年の冬季長野オリンピックは当時の渡部選手にどのように映りましたか
渡部 ちょうど3年生のころでした。このオリンピックはとても衝撃的でした。別に日本人の活躍がすごかったからというわけではありません。あそこでジャンプを見たということが非常に大きかったんです。感動したというよりもこんなところまで跳んで来るのかという驚きがありました。それが直観的に自分も跳んでみたいという心境に変わったんです。長野オリンピックの以前からもジャンプをしている先輩のお母さんにジャンプを勧められてはいたんですが、絶対に跳びたくないと思っていました。だけどこれを機に変わったんです。そして小学校4年生から本格的にジャンプを始めました。ちょっと話は変わりますが、この前実家に帰ったときに偶然小学校のときの卒業文集を見る機会がありました。そこには「将来、オリンピックやワールドカップで活躍するので応援してください」と書いてありました。長野オリンピックの影響は大きいですね。
―ノルディック複合ジャンプとクロスカントリー、どちらが得意というのはありますか
渡部 昔はジャンプが得意でしたがクロスカントリーの方も技術が向上してきて自信がついてきました。どちらかが調子が良いともう一方が不思議と調子が悪いということが良くありますね。世界選手権ではクロスカントリーの調子が良かったんですが、ジャンプが跳べないと調子が乗ってこないんです。ジャンプで調子をあげて後半のクロスカントリーにつなげていきたいですね。
―団体と個人で戦い方は変わりますか
渡部 やることは変わらないです。いつも通りやることをやるだけですから。ただ、戦い方に違いが多少ありますね。団体では自分の仕事というのが回ってきます。例えば、最低限のジャンプをすることです。個人戦なら狙っていくところを多少距離が落ちても無難なところに着地して堅実にジャンプを跳ぶことが求められてきたりします。失敗は許されない感じですね。後半ではその走順で役割が変わってきます。この前の世界選手権であれば、とりあえず前のグループについていくという仕事がありました。団体戦ではそのような仕事をこなすことが大切ですね。個人戦であれば自分の思うように攻めることができるわけですが、団体戦ではそれに制限がつきます。とはいっても、スキーは基本的に個人戦です。団体で勝つことを目標にしている選手は世界的に見てもあまりいないと思います。団体戦のためにやっていくというのではなく、個人のプレイヤーとしてまずは能力を高めていきたいです。そして結果的に団体戦でも力を発揮することができればと思っています。
―これまでに大きなケガはありましたか
渡部 高校3年生のときに手首の骨を折りました。シーズンに入る直前で、これから世界に出ていくという構想を描いていた矢先の出来事だったんで悔しかったですね。ワールドカップで世界を回るはずだった。あのときにいけたらまた今の自分は違うなっていう思いもありますし、あのときがあるから今の自分があるという思いもあります。

渡部暁斗
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