インタビュー
バンクーバー五輪特集【第1回】酒井裕唯・桜井美馬/スピードスケート
バンクーバー五輪ショートトラック代表の、桜井美馬(スポ2)と酒井裕唯(スポ4)。2人は昨年度、アスリートと大学生という2足のわらじを履きながら毎日を過ごし、そして今年は、強化選手に指定され世界の舞台で活躍を続けている。先日行われた最終選考で、2人は力の差を見せつけ五輪代表を獲得。バンクーバーへ照準を合わせ、着々と準備を進めている。普段あまり見られない、大学生という素顔。表彰台を目指し日々精進する、アスリートとしての顔。2つの顔を持つ2人に、その両方について率直に語っていただいた。
ショートトラック一筋
――はじめてスケート靴を履いたのはいつですか
桜井 幼稚園の頃です。
酒井 私も保育園の頃です。3つの時ですかね。
――本格的にショートトラックを始めたのはいつですか
桜井 小学校1年、6歳です。
酒井 私がショートトラックを始めたのは、小学校4年か5年だったと思うんですけど、それまでは元々3つの時からロングトラックのほうをやっていたので、それと一緒にやるような感じで始めました。
――桜井さんは初めからショートトラックだったんですか
桜井 幼稚園の頃、スケート教室でスカウトされたのがショートトラックだったんです。
――酒井さんが、ショートトラックをはじめたきっかけは
酒井 私は、3つ上に姉がいて、その影響です。
――お姉さんもやられているんですね
酒井 そうですね、今はもう引退したんですけど、一昨年までやってましたね。
――はじめて取ったタイトルは
桜井 大きなものだと、高校3年生の時の全日本選手権優勝です。1番はじめは、小学5年生の時の全日本ホープス優勝です。
酒井 私はショートトラックは、小学6年生の時の(全日本)ホープスです。その時は誰もいなかったけど、全部1位を取って完全優勝だった。人がいなかっただけ、なんですけど。
――ショートトラックをやめたくなったことは
桜井 まだないです。今のところ、一度も。
酒井 小学校の頃はしょっちゅうありましたけど、やっぱり練習が厳しいということが一番の原因というか。だけどそこを乗り越えたら、メダルがもらえるということを知っているので、そこまできっぱりやめたいと思ったことはないですね。ショートトラックを取っちゃったら何残るかなって考えたら、何も残らないからなあ。
――ではショートトラックをやっていて良かったことは
桜井 やっぱり優勝した時の嬉しさとか、色んな人に出会えるっていうところです。
酒井 ここまで続けてきて世界大会とかに出るようになって、普通の生活してたら、海外の早い選手に絶対会えないというところもありますし、日本でショートトラックの大会をやっていて、その時の仲間ともこれだけ親しくなれるっていう、そういう喜びっていうのはありますね。
――今までにスランプはありましたか
桜井 そうですね、何回か。
――それはいつのことですか
桜井 中3の頃と大学1年生の時です。思ったよりタイムが伸びなかったり、結果が残せなかったりで。
――酒井さんは
酒井 そうですね、中3の途中と大学1年。
桜井 一緒ですね!
酒井 おお、一緒!今、話してるときに考えてたから聞いてなかったけど、一緒?(笑)
中3の年は、ジュニアメンバーにおまけで入れてもらったんですよ。その時に、そこであんまり結果が残せなかったから、その次の年に(メンバーを)落ちたんです。それで、なんで落ちたんだろうなってすっごい考えて。その時高校に入ってたんですけど、高校はアウトが専門だからアウトをやらなくちゃだめなのに、アウトは寒いから絶対いやで、そこで絶対ジュニアに入るって思って、そこから巻き返しをはかった。大学1年生の時は、環境が変わったから。東京に出てきたっていうのがある。
――桜井さんはスランプをどうやって乗り越えたんですか
桜井 中3の時はやっぱりずっと悪かったんですけど、東京に来て伸びました。

桜井
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