箱根インタビュー
【特集】新春ヲ追憶ス〜箱根路の想い〜 6区 加藤創大
インタビューも折り返し、加藤創大(スポ4)のインタビューをお送りする。ワセダの不動の山下りとしてことしも6区を務めたが、ケガの影響で満足のいく練習ができず、競技生活の締めくくりは区間16位と過去最悪のものとなってしまった。しかし、その結果にも「悔しくなかった」と笑顔を見せた。加藤にそう思わせた理由とは――ありったけの感謝の気持ちを語っていただいた。
※この取材は1月30日に行ったものです
――箱根から1カ月経ちましたが、率直に箱根を振り返っていかがでしたか
4年間で1番悪い走りだったので、最後悔しいですね。思い通りの走りができなかったのはすごい残念です。けどその一方で今回の箱根駅伝が1番多くの人に応援してもらったと自分では思っているので、それに関してはすごくうれしかったですし、またその期待に応えられなかったのは残念です。
――終わった直後といまとでは心境の違いはありますか
3年生の時はすごく落ち込んでいて、今回はあまり落ち込んでいなかったと言ったらおかしいですけどそこまで僕自身沈まなかったです。
――それは箱根前に故障していたと事と関係ありますか
そうですね。今回悪いというのはわかっていたことなので、あとはどれだけできるのかというところでした。やっぱり思っていたよりはちょっと悪すぎたんですけど、自分の走りができないだろうなと思いながらのスタートだったので。前回はすごく調子が良くてというので落ち込んだんですけど…。
――故障の具体的な時期というのはいつ頃だったのですか
出雲の前、夏合宿から帰ってきて最初のポイント(練習)でした。
――そこからずっと
そこから捻挫で1カ月近く走れなくて、その後もその影響で右足のふくらはぎがちょっとつるというか痙攣するのが続いてしまって思い通りの練習ができていませんでした。
――苦しいシーズンだったという印象ですが
シーズン通して言えば関カレ(関東インカレ)のハーフ(マラソン)が終わってから1本もレースに出ずにいきなり箱根になってしまって。それに関してはあまり考えないようにしていたんですけど、試合感が鈍っていたというのもあるかもしれないですね。長期的に試合に出れなかったのが良くなかった部分です。
――では箱根だけに照準を合わせていた
そうですね、もともと僕は1年で1本いい走りができるかどうかなので(笑)。まぁそこに合わせるようにしてという感じなんですけど。
――ご自身は経験から箱根は走れるだろうと
監督は結構そこの部分を期待してくれていたみたいなんですけど、僕自身逆に経験があった分どういう状態なら走れてどういう状態なら走れないかがわかってしまう。それがわかってしまってすごく苦しんだというのがありました。わかってはいるんですけど、それを認めてしまったら諦めているようなものなので、自分をだましながら、「まだ走れるんじゃないか」と言いながらやってきたという感じですね。
――調子が悪い中でも走られたというのは首脳陣からの信頼は厚いという印象を受けました
僕自身練習が全然できていなかったというのもあって、自分の状態を見て走れる状態じゃないなと思ったので、監督に「今回は外して下さい」と言おうと思ったんですけど、走る走らないは監督が決めることだと思ったので、何も言わずに監督にも任せようと最終的に思って。それで監督は期待というのか信頼というのか、「下りならやってくれるだろう」というのを持って僕を使ってくれたのでそれには応えたかったんです、残念な結果で終わってしまって申し訳なく思っています。
――去年の箱根では途中腹痛を起こされましたが、今回は特にはありませんでしたか
それはなかったですね。前回、前々回で腹痛があったので今回はトレーナーさんにテーピングとかしてもらってなるべく起こらないようにとしていたのでそこの部分は全然大丈夫でした。
――実際芦ノ湖のスタートラインに立ってみた心境はいかがでしたか
箱根に合わせて気持ちも高めていたので、さすがに「きょうはダメだろう」ということは考えず、自己暗示じゃないですけどそういうのをしながらスタートラインに立ったのを覚えています。

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