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箱根インタビュー


【特集】新春ヲ追憶ス~箱根路の想い~ 1区 矢澤曜
 昨季不動のスターターとして出雲、全日本、箱根と安定した結果を残し、大活躍だった矢澤曜(教2)。しかし、箱根を「流れをつくる走りをできなかった」と振り返る。惨敗の箱根から1カ月。総合優勝を目指していたワセダの歯車はなぜ狂ったのか。攻めきれなかった1区。スパートで負けた悔しさ。サポートメンバーへの感謝の意。激闘の裏にある胸中をじっくりと語っていただいた。
※この取材は1月30日に行ったものです

―箱根が終わって1カ月ほど経ちますが、いまの練習は

 都道府県対抗駅伝があったのでそれに向けた調整をしていました。終わったら千葉クロカンなど試合に向けてポイント練習をやっています。春に向けてのつなぎの時期なので試合の調整というより練習の一環としてポイント練習をしていますね。今まで気を張っていたんで、少しリラックスして過ごせる時間が増えたのが嬉しいですね。

―都道府県駅伝は

 実業団の年上の方から中学生の若い子まで一同に集ってお祭りみたいな大会です。楽しかったですね。刺激を受けました。いい大会です。

―神奈川のチームはどのような雰囲気でしたか

 初対面なので、チームとしての一体感がでるように、打ち解けられるようにそうなるように心掛けました。高校の時来た時にしてもらったので今度は自分から声をかけて、雰囲気が良くて楽しいチームでした。

―神奈川といえば母校の多摩高が全国高校駅伝(都大路)出場。ご覧になりましたか

 練習があって放送で見られなかったので、終わってから録画を見ました。刺激になりましたね。

―励ましの言葉はかけられたのですか

 ぎりぎり知っている学年が残っていたのでメールしたりしました。

―いい先輩ですね

 いや、後輩がいい後輩なんです。試合前とかメールくれたりとかしてくれるんです。箱根の時も1区の蒲田の踏切のところに多摩高の集団がいて、チームカラーの強烈な緑のジャージを着てくれて。応援してくれたのは本当に嬉しかったです。

―1区を走るのはいつ決まったのですか

 実は夏くらいに決まっていました。出雲、全日本も1区で箱根もそのままのチーム状況だったら1区で使うって言われました。

―インフルエンザがはやっていましたが矢澤選手は大丈夫でしたか

 僕は大丈夫でしたけど、要になる選手、山だとかに出てしまったのでかき乱されはしました。かかってなければ走っていた選手がいました。

―チーム事情はよくなかった

 決していいとは言えなかったですね。

―そのことで総合優勝のモチベーションが下がることはなかったですか

 目標を変えることは監督自身もしなかったし、チームの雰囲気もなかったです。そういうことがあっても一生懸命走るだけでした。

―2連連続の1区でしたが理想のレース展開はどう描いていましたか

 メンバーを見て、力のある選手がそろっていたので、森本(神大)さんが行くっていうのがあったのである程度レースの流れは決まっていたように思います。自分がどう走るかは森本さんについていってそこから先は自分でひっぱるなり、その流れに乗っていくなりで速いペースで進めていきたいなと思っていました。

―予想通りの展開でしたが、明大の北條選手がスパートをかけるのは予想できましたか

 周りをみて、みんなが蓄えていると思いました。15キロくらいで「あいつでてもおかしくないな」と思っていた。動くなというのは予想できましたね。

矢澤

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